私が学校を嫌いになった理由。学校嫌いがなぜ教育学部に行ったのか


みなさんは、学校が好きでしたか?それとも嫌いでしたか?


元保育士のRisaです。


私は、学校が大嫌いでした。


学校大嫌いな私ですが、なぜか大学は教育学部に行って、卒業しています。


今回は、「私が学校を嫌いになった理由」について紹介していきます。


保育士の考え方にでも繋がっていくので、興味ある人は読んでみてください。

◇記事の内容◇

・私が学校を嫌いになった理由

・学校嫌いが教育学部に行くことになったワケ

・学生の時の経験が保育士に生きてる



今回は、いつもとテイストが違い、かなりぶっちゃけた内容になってます。


気分が悪くなる可能性があるので、心配な方はスルーしてください。


私が学校を嫌いになった理由


タイトルにもある通り、大学時代教育学部に行っていた私ですが、「学校」が嫌いです。


学校が嫌いになった理由は、いじめられていたわけではありません。


私が学校を嫌いになった理由は、全て「先生」が原因です。

・小4の謎の朝練

・中3の合唱コンクール

・中2の「よろしくね」事件



学校嫌いになった、上記3つの事件について紹介していきます。


小学校時代の謎の朝練


走るのが人より少し速かった私。


小学校4年生の時、毎年2回ある持久走大会で、学校の新記録を狙えるくらいの走力がありました。


そこに目をつけたクラスの担任が、「朝練をしよう!」と声をかけてきました。


普通の人だったら「いい先生じゃん!」と思うかもしれませんが、実際の私の内心はこれです。

・走るの嫌いなんだけど…

・別に新記録は狙わなくていい…



「走るの速い人=勝ちたい」と思っている人が多いかもしれませんが、私は全くそんなこと思ってません。


もともと、「競う」ということに、そこまで興味がなかったんです。

部活の水泳も試合よりも練習が好きな人間でした。



しかし、担任の先生は、「勝ちたいだろう!」「新記録を出したら嬉しいだろう」と思って、朝練の時間を作ってくれました。


小学生の私は、「イヤ」とも言えず、何回か朝練に参加しましたが、その後はやっぱり走るのが嫌で、先生から逃げるように朝を過ごしてました。


結果として、新記録を出したんですが、心からの喜びはなかったです。

りさ
りさ

先生の期待を裏切らないように
走っただけ、そんな感じでした。



能力がある人は、もっと成長したいに違いないという先生の思い込みから、私は余計に走るのが嫌いになりました。(学校も嫌いになりました)


勝手に朝練の日程を決めて、勝手に練習内容を決めて、先生だけがノリノリで私の気持ちは、どこへ行ったのか…。


この朝練事件が、学校嫌いになる最初の出来事です。


中学校時代の合唱コンクール


これもひどい話です。中学3年の事件になります。


中学校のクラス編成は、合唱コンクールに備えて、各クラスにピアノを弾ける人を振り分けます。


私は、ピアノは習っていましたが、水泳部だったので趣味程度にしかやってませんでした。

練習はピアノ教室でしかやらない、そんな感じでのんきにやってる人間です



しかし、中3のクラスは、私しかピアノが弾ける人がいない…。


他のクラスは、音大を狙っているようなピアノ経験者がそろっています。


合唱の伴奏をやったことがある方ならわかると思いますが、中3の合唱で歌うような曲のピアノは難しいです。

りさ
りさ

ピアノじゃなくて歌いたい



私は、最初そう伝えました。


そしたら、担任(男)は、「ま、ピアノがないならアカペラで歌わないとな」みたいなことを言ってます。


クラスの子も「お前が弾かないと誰もいないだろ」みたいな目で見てきます。


もう、弾かないなんて言えない状況です。

りさ
りさ

あ、曲の難易度によっては、
まじめに弾かないというつもりだったけど…



結果として、弾いたんですが(必死に練習しましたよ…)、もう意味がわからなすぎました。

・なぜクラス編成の時点でピアノ経験者を他に配置しなかったのか

・担任は私が弾きたくないのを知ってたにも関わらず、弾かせる流れに持っていった



上記のような状況を作った教員に、不信感しかなかったです。


いざ練習が始まると、クラスのメンバーはまじめに練習する気もなく、


しまいには、担任が「おれも本番一緒に歌っちゃおうかな」とかのんきに言ってきて、
(担任は歌が上手ではなかったのに…)


私のイライラは最高潮でした。

りさ
りさ

ガチで合唱コンクールを休もうと思いましたね。



ちゃんと合唱コンクールには行きました。


結果は、多分最下位だったでしょう。(順位は1位と2位だけです)


誰が聞いても学年で一番下手くそでした。


なのに、泣いている女の子はいるし、担任は「お前らは頑張った!」みたいな薄い言葉をかけてるし、なんだこれ?みたいな状態でした。

・私のピアノの練習時間くらい練習したの?

・何を持って頑張ったと言ってるの?



私の心の中はこんな感じです。


この合唱コンクールが2つ目の事件です。


中2の「よろしくね」事件


この話が私が学校という場所が完全に嫌いになる最大の原因です。


少し長くなりますが、個人的にかなり重要な話です。


これも中学生の時の話です。


中2の時、クラスに生理的に苦手な子(Aちゃん)がいました。


その子は、清潔感がなく、太っていてクラス全体から嫌われている子でした。

いじめは絶対にいけないことは十分にわかっていたので、態度には出さず、できるだけ関わらないように過ごしてたんです。



しかし、ここで先生が出てきます。ある日担任から呼び出されて、

Aちゃんの状況わかるよね?
りささんなら、任せられると思うからよろしくね



と突然言われました。


私の心の中はパニックです。

りさ
りさ

いや、よろしくと言われても…
私はAちゃんのこと嫌いというか、
生理的に苦手だから近づくのもできないよ…。
勝手によろしくとか言わないでよ!!



担任は、態度に出してない私なら、Aちゃんのことを受け入れられると思ったのでしょう。


その後、Aちゃんが私に話かけてくることが増えました。


どうやら、Aちゃんにも担任が、りさを頼ってねと話をしていたようです。


Aちゃんが話しかけてきても、私苦笑いで「そうだね…」としか言えません。


クラス全体から嫌われていたAちゃんと話すことが増えた私は、クラスでも孤立していきます。

Aちゃんも途中から察したのか、私に話しかけることは少なくなりましたが、私は完全にふさぎ込んでしまい、人と話すことができなくなりました。



休み時間は、好きでもない本をひたすら読んだり、寝たふりをして一人で時間を過ごします。
(もともとは、そんなキャラじゃありません。)


この事件がきっかけで、私は不登校ぎりぎりのところまで追い込まれます。


部活の試合に出るために、なんとか登校していましたが、学校という場を怖いと思うようになりました。


登校前に、大号泣しながら母親とバトルしたこともあります。

車で学校に送ってもらいましたが、「怖い!!」と校門前で泣き叫んで(遅刻した時間だったので誰もいません)、結局学校に入ることができませんでした。



担任からしたら、Aちゃんを守るために、都合がよさそうな私にお願いしたのかもしれません。


しかし、私にとっては、これがきっかけで、学校が「怖い場所」に変わってしまったんです。


何も知らない担任は、その後も何かとAちゃんと私をくっつけます。


修学旅行の班を同じにさせられたときは、「終わった…」と思いました。

男子は好きに決めていいからAちゃんよろしくね



これが担任が言った言葉です。

りさ
りさ

何がよろしくなの?
私の気持ちはどこへ?



男子は選べましたが、Aちゃんがいる時点で、男子はもうテンションだだ下がりなのが目に見えてます。


これを読んでいる人の中には、「そんなことで?」と思う人もいるかもしれませんが、中2の私にとっては、大きすぎる問題でした。


この後、中3の合唱コンクールの事件もあり、完全に学校・教員に対して不信感を感じるようになりました。


教員には絶対にならないと誓った


中2の時点で、絶対に学校の先生にはならない、と誓いました。


自分の一言で、子どもの人生を大きく変えてしまう、そう思うと怖くて教員を目指すなんてできません。


学校の先生を見ていると、「学校は楽しいよな!!」と思っている人ばかりで、嫌気がさします。


学校が好きな人ばかりじゃない、そこに気づかない教員なんて…


先生という職業に不信感しかなかったです。


弟も教員の被害にあう


実は、弟も中学生の時に先生からやられています。


弟は、クラスにいるやんちゃな子でした。


思ったことは、すぐに口にして、先生からの反感も相当買っていたはずです。


ある日、弟の周りでちょっとしたトラブルが起きたのですが、その犯人に弟の名前が出てきました。


実際は、弟は関係がなかったそうですが、印象が悪かった弟は、「関係ない」と主張しても先生は聞く耳をもちません。

普段の行いが悪い弟も悪いですが…。



しかし、いつになっても先生は弟の話を聞くことはなく、ひたすら弟を責め続けました。


詳しくは聞いてないですが、泣くくらい責めたそうです。


弟は、これはいくら抵抗しても意味がないと思い、自分がやったことにしたと言ってました。


「もう面倒になった」そうです。

こんな経験ばかりしていた私は、学校という場、教員という職業に不信感しかもたずに学生生活を送っていました。






素敵な先生もいた


今まで関わった先生、全てが悪かったわけではありません。


この先生はよかったという人もいます。


小6の担任


小6の時の先生は、びっくりするくらい心が広い先生でした。


体育会系の先生に見えるのですが、その熱い気持ちを押し付けることはありません。


なかなか、はちゃめちゃなクラスだったと思いますが、子どもに深入りすることなく、必要な場面で叱ってくれたり、褒めてくれたりしました。

また、頑張っている人には本気で「頑張れ」と応援してくれる先生でした。



中学の委員会の先生


中3の時、委員会の委員長をしていた私。


その委員会の先生も、とてもいい先生でした。


委員会として「こういうのがやってみたいと思うんだけど」と提案すると、


「いいじゃん、やってみな」とやりたいことを後押ししてくれました。

あとから聞いた話ですが、「今まで見てきた委員長の中で一番働いた」と言っててくれたそうです。
(直接言ってくれればいいのに笑)



そうやって自分をしっかり見ててくれる先生がいたことは事実です。


学校嫌いな私がなぜ教育学部に入ることになったのか


ここまで、長文を書いてしまうくらい、学校や教員という立場に不信感を持っていた私ですが、


なぜか教育学部に行きます。

▼大まかな流れはこちらに書いてあるので、参考にしてください。



この子に教えるためにはどうしたらいいの?


先ほどの記事でも紹介していますが、塾講師のアルバイトで女の子と出会います。

多分、知的障害がある子でした。



小学3年生の子でしたが、1桁の計算は手を使って計算、繰り上がり、繰り下がりの計算は基本的にできない、そういう子でした。

今まで塾で教えていた子は、どんなに成績が悪くても、やり方を伝えればすぐに理解して解くことができます。


しかし、その子はどんなに工夫しても理解することができません。



この仕組みがわからなかったです。
(図にするとごちゃごちゃしてますが、ほとんどの人は、このように計算しているはずです)


10-8を計算するのも一苦労なので、「10-8=2」が出た時点で、分けていた「3」のことは忘れています。

「3」を思い出したころには、「2」のことを忘れています。



もちろん、式の周りにしっかりメモは書いてあるのですが、どれが必要な数字なのかわからない、そんな感じです。

初めて会う子に私は戸惑ってしまいます。

特別支援教育を知る


どうやったら教えられるのが、ひたすら調べていると、「知的障害」「学習障害」という言葉を知ります。


それと同時に、「特別支援教育」という言葉を知りました。

「これを知りたい!」と思って、教育学部に行くことを決めました。



教員になる気は全くない


教育学部に行くことを決めたものの、教員になる気は全くありません。


私の興味は、「あの子に算数を教えるにはどうしたらいいのか?」それだけです。

りさ
りさ

こんな理由で教育学部に行こう!
と思う人なかなかいないでしょうね(笑)



それと同時に、こんなことも思い始めます。

・あの私を苦しめた教員はどうやって作られるのか

・学校の闇の根源は何か?



これもついでも見てこよう!


そんなことを思いながら、教育学部に行くことにしました。

本気で教員になりたい!と思っている人からしたら、「なんてこと!!」と思うかもしれませんが、これが私の本心です。


教育学部に行ってよかった


結果として、教育学部に行くことができたことはよかったです。

1度も教員になるという進路を考えることはなかったですが、保育士になろうと思うきっかけになりました。

発達障害を学ぶことができ、間違いなく保育にいきています。

学校はこれからも闇の中…


ただ、教育学部に行って確信したことは、学校はこれからもこのままだろうということと、私が中学校で経験したことは、偶然ではなく必然だったということです。

あの教育学部のカリキュラムでは、なかなか変わらない気がします。


もちろん素敵な教員はたくさんいる


もちろん、全ての教員が悪い、学校が悪いというわけではありません。


一生懸命に子どもに向き合っている教員もいることにも気づきました。

ただ、子どもにとって学校生活は「今」しかないんです。


そして、精神的発達、身体的発達において重要な役割を持つ学校生活で、いい教員に出会えるか、出会えないかでその子の運命が大きく変わります。

少なくとも私と弟の運命は変わりました。



いい教員に出会えることができたら、子どもは素敵な経験を学校生活で送ることができるだろうし、その逆もあります。

残念ながら、今の日本の教育では運ゲーです。

もちろん、人と人の関係なので合う合わないもありますが、日本の教育の制度上「担任制」を取っているので、「担任」が合わないとなかなか厳しいです。

日本の教育はまだまだ問題点が多そうです。



保育士の責任感に繋がっている


ここまで、なぜ学校が嫌いになったのか、なぜ学校嫌いの私が教育学部に行ったのかについて紹介してきました。

これらの経験は、その時は最悪でしたが、保育士になってからの自分に大きく影響を与えています。

・自分の一言一言が子どもの人生に大きな影響があること

・目の前の子どもの「今」は今しかないこと



こういうことを考えると、適当に保育をすることはできません。

特に乳幼児期は、子どもにとって、最も大切な時期と言ってもいいくらい重要な時期です。

その子どもたちに関わらせてもらっている責任感を考えると、本当は心が押しつぶされそうになります。

りさ
りさ

中学生の時の先生と同じことを
していないか、不安になります。



保育士ってかなり責任が大きい仕事ですよね。

だからこそ、もっと世間的に認められる資格であればいいなと私は思っています。

ということで、今回は自分の経験談でした。

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